圧倒的なメロディセンスと独特の歌詞世界で、日本の音楽シーンをけん引してきた桑田佳祐。実は自身が歌う楽曲以外にも、他アーティストへの書き下ろし楽曲を少数ながら提供してきました。
この記事では、そんな“裏方・桑田佳祐”が他の人のために書き下ろした貴重な楽曲をピックアップ。その背景や魅力を紹介していきます。
1980年:すてきなトランスポーテイション

- 提供アーティスト:西慎嗣&ロード・ロード・ローディ・ミス・クローディ・グループ
- 楽曲名:「すてきなトランスポーテイション」
- 作詞作曲:桑田佳祐
- キーボード:原由子
- ドラム:松田弘
- パーカッション:野沢“毛ガニ”秀行
- 制作のきっかけ:西慎嗣がソロアルバムを制作するにあたり、桑田に声をかけ実現。
当時まだ23歳だった桑田さんが、音楽仲間たちと共に仕上げた楽曲で、西慎嗣のギタープレイは桑田佳祐本人も高く評価しています。
楽曲を聴けばすぐに、サザンや桑田佳祐を思わせるサウンドが広がり、桑田流のポップセンスが随所に光ります。まさに“初期サザンの拡張版”といえるようなアンサンブルが堪能できる一曲です。
1981年:狂い咲きフライデイ・ナイト

- 提供アーティスト:タモリ
- 楽曲名:「狂い咲きフライデイ・ナイト」
- 作詞作曲:桑田佳祐
- アレンジ:鈴木宏昌(ジャズピアニスト・作編曲家)
当楽曲のアレンジを担当したのは、タモリが司会を務めていた日本テレビ『今夜は最高!』でスタジオのバンドを担当していた鈴木宏昌(コルゲン)さん。
桑田さんは、楽曲制作の際にカセットテープに仮歌を吹き込み、コード譜を添えてコルゲンさんに事前に渡したといいます。その後、渋谷の東武ホテルの喫茶店で打ち合わせを行い、コード譜にコルゲンさんが赤入れしていく姿が印象に残っていると、桑田本人が後に振り返っています。
1982年:恋人も濡れる街角

- 提供アーティスト:中村雅俊
- 楽曲名:「恋人も濡れる街角」
- 作詞作曲:桑田佳祐
- ギター:斎藤誠
- ベース:関口和之
この楽曲の元になったのは、実はサザンの1980年の楽曲「FIVE ROCK SHOW」というメドレーの一部でした。そのフレーズの中から、「もっと膨らませて1曲にしてほしい」というリクエストがあり、桑田佳祐が都会派路線として発展させたのが「恋人も濡れる街角」だったのです。
※2025年7月12日(土)の「やさしい夜遊び」にて、桑田さんは、この曲を内山田洋とクール・ファイブの「恋は終わったの」をイメージして作ったという説を否定している。
もともとはメドレーの中の一節に過ぎなかったものが、こうして独立した楽曲として生まれ変わり、中村雅俊さんの哀愁ある歌声によってヒットするに至った、興味深い経緯を持つ一曲です。
1983年:Miss You Baby

- 提供アーティスト:上田正樹
- 楽曲名:「Miss You Baby」
- 作詞作曲:桑田佳祐
この曲の前段として、桑田佳祐はデビュー前に「上田正樹に曲を書いてみない?」という依頼を、ビクターの高垣さんを通じて受けていました。
依頼はキーボーディストの佐藤博さん経由で持ち込まれたもので、最初は詞だけを担当したようですが、自信作だったにもかかわらずボツになってしまったと、桑田本人が後年語っています。
「上田正樹の曲が書ける~と思ってね。そしたらボツになったんです。俺自信があったんだけどね。それはいいんですけど。あの曲どこ行ったのかなと思ってね。聞きたいなと思ってるんです。すごいかっこいい曲だったんですけど。」
そんな経緯がありつつも、正式に提供が実現したのが「Miss You Baby」。桑田が敬愛する上田正樹の歌声に寄り添うように、三連のブルージーなメロディと切ない詞が印象的な一曲です。
1983年:アミダばばあの唄

- 提供アーティスト:明石家さんま
- 楽曲名:「アミダばばあの唄」
- 作詞作曲:桑田佳祐
1991年:My Peggy Sue

- 提供アーティスト:小林 克也&ザ・ナンバーワン・バンド
- 楽曲名:「My Peggy Sue」
- 作詞:小林克也, 嘉門雄三
- 作曲:小林克也, 嘉門雄三
1997年:アメンボの歌

- 提供アーティスト:早川義夫
- 楽曲名:「アメンボの歌」
- 作詞作曲編曲:桑田佳祐
- EG, 12st EG, Chorus, Keys:桑田佳祐
- Computer:角谷仁宣
- Whisper:原由子
- Tennor Sax:山本拓夫
2020年:ブッダのように私は死んだ

- 提供アーティスト:坂本冬美
- 楽曲名:「ブッダのように私は死んだ」
- 作詞作曲:桑田佳祐
- 編曲:桑田佳祐&片山敦夫
制作のきっかけは、2018年のNHK紅白歌合戦。サザンオールスターズが出演した際、かねてからサザンファンだった坂本冬美さんと初めて共演。サザンのパフォーマンスを間近で見て感極まった坂本さんは、その思いを伝えるべく、2019年初春に桑田へ楽曲制作を依頼する手紙を送りました。
その手紙をきっかけに、桑田が書き下ろしたのが「ブッダのように私は死んだ」。昭和歌謡のテイストと、桑田らしい文学的な歌詞が融合し、坂本冬美の深みある歌声によって見事に表現された一曲です。
※本記事は、2025年7月12日(土)放送の「桑田佳祐のやさしい夜遊び」などを参照に執筆しております。
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